置賜地方旅行記 その1

白布温泉

5月5日、我々一行は米沢駅西口から出ている白布温泉行のバスに乗り込んだ。

他にも乗客が幾人か乗っていたが、観光名所となっている上杉神社前で我々以外全員降りてしまった。

ただ、そこから一人の青年が乗ってきた。バスはしばらく米沢市内を走り、その後険しい山道を登り始めた。

出発から50分後、ようやく白布温泉入口へと到着した。我々以外の唯一の乗客であった青年もそこで降りた。

彼は降りるとすぐに、慣れた感じで山道を登りはじめ、あっという間に遠くへ行ってしまった。

白布温泉(しらぶおんせん)は温泉街というにはあまりにも小規模なので、どう表現してよいのかわからない。山形と福島の県境の山あいに、県道が通っており、その道沿いにいくつかの温泉旅館が点在している。それらを総称して白布温泉と呼ぶようだ。

バス停からちょっと上ると、そば屋がある。日帰り客にとって唯一の食事処だ。ここで食べたわらびは旬なだけあってめっぽう美味しかった。我々が食べ始めるころ、先ほどバスで一緒だった青年も店に入ってきた。

彼はあっという間に食事を終え、またも我々より先にどこかへ消えていった。

店主の息子と娘と思われる自分と同じ年くらいの男女が働いていた。店を出る際、「おしょうしな~」と言われた。この地方の方言で「ありがとう」という意味らしい。

食後すぐに温泉に入るのは良くないと聞いていたので、運動がてら山道をさらに登り、ロープウェイで天元台高原へと向かった。

この高原にはスキー場があり、GWが最後の運営だった。この時期の残雪は湿っぽくスキーにはまったく向いていない。スキー場の人もまばらだった。

雪に足が埋もれぬよう慎重に歩き展望台へ出た。遠くに朝日岳鳥海山が見えた。一匹のカラスが湿った春風に乗って飛んでいた。することの特にない我々は、壮大な景色を眺めながら山手線ゲームに興じた。

下山後、どの湯屋に入るか迷ったが、一番趣のあった西屋を選んだ。白布温泉で唯一茅葺屋根を残しており、館内も古い作りだった。

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 脱衣所と湯船を隔てる戸を引くと、筆舌に尽くしがたい光景が眼前に飛び込んできた。滝のように源泉が降り注ぎ、湯船からざぶざぶと、とめどなく湯が溢れている。

幸い我々の他に客はなかった。滝つぼのような湯船に身を投げ、湯の流れに身を任せた。この地は開湯700年だという。700年間この湯は湧出し、流れ続けてきた。

様々な顔や声が生まれては消えていく。それでも源泉はただ流れ続ける。湯に浸かっていると、流れているのか、止まっているのか、次第にわからなくなった。

どれほど源泉が表情や声を変え、様々な現象を生起させようとも、その根底に大いなる統一があるのは間違いなかった。

ちょうど湯を出るとき、ぞろぞろと人がやってきた。スキーの帰りに寄った客たちだろう。

彼らの会話は訛りがひどくてほとんど聞き取れなかったが、露天風呂のないことに不満を感じていることはわかった。

なんだかひどく惨めな気持ちなったので、髪もちゃんと拭かずに風呂を後にした。

 

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米沢市内に帰るため、バス停に行くと、例の青年がベンチに座ってバスを待っていた。

日が暮れる中、我々を乗せたバスはゆっくりと山を下って行った。ふと、うたた寝から目覚めると、青年の姿はなかった。

バスが最上川を渡り、街の灯りが窓の外でゆらゆらと揺れていた。